HERMESとUNIQULO、「価値」をめぐる二つの完成形

エルメスとユニクロ。この二つのブランドほど、遠く離れて見える存在もない。
エルメスは、職人の手仕事を守り、限られた数の商品を、決して安くない価格で提供する。
ユニクロは、テクノロジーと巨大なサプライチェーンを駆使し、高品質な服を、世界中の多くの人が手にできる価格で提供する。
「ラグジュアリー」と「マス」、「希少性」と「普遍性」、「手仕事」と「テクノロジー」、あらゆる意味で対極に見える。
しかし、この二つを深く見ていくと、意外な共通点が浮かび上がってくる。
それは、どちらも「服を売ること」だけを目的にしていないということだ。

エルメスは「時間」を売っている

エルメスのバッグを考えてみる。そこにある価値は、革そのものだけではない。
 
職人が技術を習得するまでの時間。
一つの商品を完成させるまでの時間。
何十年、場合によっては世代を超えて使われる時間。
そして、1837年から積み重ねてきたブランドそのものの時間。
 
エルメスの商品には、目には見えない膨大な「時間」が織り込まれている。
だからエルメスにとって、効率化は必ずしも正義ではない。
10時間かかる仕事をAIや機械によって1時間に短縮できたとしても、それがブランド価値を10倍にするとは限らない。
むしろ、「時間がかかることそのものが価値になる」という、現代のビジネスとは逆方向の思想を持っている。
速く作らない、大量に作らない、誰にでも売らない、普通の企業なら弱点になりそうな要素を、エルメスは価値へと転換している。

ユニクロは「時間」を消している

一方、ユニクロはどうだろう。ユニクロが目指しているのは、ある意味では正反対だ。
 
服を選ぶ時間。
服について悩む時間。
洗濯やメンテナンスにかかる時間。
暑さや寒さを我慢する時間。
 
そうした生活の中の小さなストレスを、テクノロジーによって減らしていく。
HEATTECHやAIRismは象徴的で、それらは単なるインナーではない。
「寒い」「暑い」「蒸れる」といった、人間が日常で感じる不快を、素材開発によって解決しようとするプロダクトである。
つまりユニクロは、服そのものを売っているというより、服について考えなくても快適に生活できる環境をつくっている。
エルメスが「時間を蓄積するブランド」だとすれば、ユニクロは「時間を削減するブランド」と言えるかもしれない。

「希少性」と「普遍性」

両者の違いをさらに象徴するのが、数量に対する考え方だ。
エルメスは、すべての人に行き渡らないことに意味がある。
欲しい人が100人いるとして、100個を供給する必要はない。
むしろ80個しか存在しないことで、その価値は強くなり、希少性が価値を生む世界だ。
ユニクロは逆で、100人が必要としているなら、できるだけ100人に届けたい。
東京でも、ニューヨークでも、パリでも、上海でも、同じ品質の商品を合理的な価格で手に入れられる。
ユニクロの思想は、ある意味で「服の民主化」だ。だから両者を一言で表すなら、エルメスは「希少性のデザイン」、ユニクロは「普遍性のデザイン」なのだと思う。

実は二社とも「究極の機能主義」である

興味深いのは、表面的にはまったく違う二社だが、商品をよく見ると、どちらも極めて機能的である。
エルメスの原点は馬具だ。馬に乗るための道具だから、美しいだけでは成立しない。
丈夫でなければならない、使いやすくなければならない、期間使用できなければならない。
つまり、装飾から始まったブランドではない。「最高の道具をつくる」ことから始まったブランドである。
これはユニクロにも通じる。ユニクロもまた、ファッションを過剰に装飾するのではなく、暖かい、涼しい、軽い、伸びる、乾きやすい、という、人間の生活に直結した機能を追求している。                             方法は違うけれど、エルメスは職人技によって機能を極める、ユニクロは素材科学と産業システムによって機能を極める。だが、その根底には、「より良い道具をつくる」という共通した思想がある。

手仕事のエルメス、DXのユニクロ

二社の違いを現代的に読み替えると、エルメスは人間の能力を最大化する会社である。
職人の技術、経験、感覚、判断、それらを長い年月をかけて磨き上げる。
対してユニクロは、システムの能力を最大化する会社だ。素材開発、需要予測、生産計画、物流、在庫管理、店舗とEC、データ、人間の感覚だけに頼らず、巨大な仕組みによって品質と価格を両立させる。言い換えれば、
 
[Hermès = Human Intelligence
[UNIQLO = System Intelligence]
 
とも考えられる。
しかし、ここで重要なのは「どちらが正しいか」ではない。むしろ現代の企業に必要なのは、この二つをどう組み合わせるかではないだろうか。

DXとは、すべてを効率化することではない

DXという言葉を聞くと、自動化する、高速化する、人を減らす、コストを削減する。という方向へ議論が進みやすい。
しかしエルメスを見ると、別のDXの可能性が見えてくる。
たとえば、職人が10時間かけて行う仕事があるとする。DXによって、その仕事を1時間にすることだけが正解なのだろうか。
そうではなく、受発注管理を自動化する、在庫管理をデジタル化する、物流を最適化する、顧客情報を整理する、品質管理を高度化する。そうすることで、職人が10時間を**「手仕事に使える環境」**をつくる。こちらもDXなのである。つまり、デジタルで人を置き換えるのではなく、デジタルによって、人間にしかできない仕事を守る。
これはこれからのDXを考えるうえで、非常に重要な視点だと思う。

未来のブランドはエルメスとユニクロの「あいだ」にある

AIが普及すれば、効率化そのものは珍しいものではなくなる。
デザイン案を100案つくる、需要を予測する、在庫を最適化する、文章を書く、画像をつくる、こうしたことは急速にコモディティ化していくだろう。
だからこそ、企業に問われるのは、「何を効率化するか」ではなく、「何を効率化しないか」なのではないだろうか。
ユニクロのように、テクノロジーによって徹底的に合理化する領域、エルメスのように、あえて人間の手と時間を残す領域、その境界線を設計することこそ、これからのブランド経営になる。

1万円を1万人に売るか、100万円を100人に売るか

エルメスとユニクロを比較すると、ブランドとは価格の問題ではないことがよく分かる。
高いからブランドなのでもない。安いからブランドではないのでもない。
重要なのは、「なぜ、この方法でつくるのか」という思想が、商品から店舗、物流、コミュニケーションまで一貫していることだ。エルメスは、人間の手仕事と時間を極限まで価値化した。
ユニクロは、テクノロジーとスケールを極限まで価値化した。
対極にあるように見える二つのブランドは、実は同じ場所に到達している。それは、「自分たちは、何を価値として社会に提供する会社なのか」という問いに、極めて明確な答えを持っているということだ。
 
エルメスになる必要もない。
ユニクロになる必要もない。
 
しかし、この二社の間に一本の線を引き、自分たちはその線のどこに立つのか。それを決めること。
AIとDXがあらゆる企業の「できること」を均質化していく時代だからこそ、その選択そのものが、ブランドになっていくのだと思う。

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