感性だけでも、数字だけでも、アパレルは強くならない——「アート&サイエンス」という経営の本質
データが大事」と言われるたびに、少し複雑な顔をする経営者がいる。
「うちのブランドは感性で作っている。数字に縛られると、クリエイティビティが死ぬ」
その感覚は、間違っていない。アパレルは感性の産業だ。トレンドを読み、素材を選び、色を合わせ、世界観を作る——そこには確かに、数字で測れない「アート」がある。
だが私は20年以上アパレルの経営に関わってきて、一つの確信を持っている。
感性だけで勝ち続けられる時代は、もう終わっている。
そして同時に——数字だけを追っても、アパレルブランドは絶対に強くならない。
アパレルが「アート」を失うとき
毎シーズン値引きを乱発し、消化率を上げることだけを考える。原価を圧縮し、どこかで作られた似たような商品を並べ、とにかく数を売ろうとする。
これは「サイエンス」の失敗ではなく、「アート」の放棄だ。
ブランドとは何か。なぜこの商品を、この価格で、この世界観で届けるのか——その問いへの答えを持たないまま経営していると、消費者はいつか気づく。「このブランドでなくてもいい」と。
私がディッキーズの経営に携わっていた頃、最初に徹底したのはブランドのアイデンティティの明確化だった。ディッキーズとは何者か。誰のためのブランドか。何を絶対に守り、何を変えるのか——これを言語化し、全員で共有することから始めた。
感性の仕事は、実はとても地道だ。派手な奇策ではなく、ブランドの「らしさ」を守り、磨き続けることの積み重ねだ。
アパレルが「サイエンス」を持たないとき
一方で、感性だけで経営を動かそうとすると、必ず限界が来る。
「なんとなくこれが売れそう」という直感は、ベテランなら当たることもある。だが、なぜ当たったのかが言語化されなければ、次の人に引き継げない。組織として学習できない。
もっと深刻なのは、コスト構造が見えないまま経営していることだ。
どの商品が利益を出していて、どの商品が利益を食っているか。在庫の適正量はどれか。値引きをどこまで許容できるか——これらが「感覚」に頼っている限り、利益は知らないうちに削れていく。
私はこれを「見えないコスト」と呼んでいる。アパレル企業の多くは、見えないところで確実に利益を失っている。そしてそれに気づかないまま、「環境が厳しい」と言い続ける。
現場を歩くことと、データを持つことは矛盾しない
私がディッキーズの経営者だった頃、できる限り店舗を訪問した。陳列の細部を確認し、スタッフと話し、顧客の動きを自分の目で見た。
現場を歩くことは、アートの仕事だ。数字には現れない空気感や顧客の表情を、自分のセンサーに刻み込む作業だ。
だが同時に、その感覚をデータで裏付ける仕組みも持っていた。どの商品が、どの店舗で、どの時間帯に、どう動いているか——それが見えていると、現場で見たものの意味がより深くなる。
感性とデータは、どちらかが正しいのではない。両方を持った人間が、最も良い判断をできる。
成功に奇策はいらない
私の著書のタイトルでもある「成功に奇策はいらない」という言葉は、アート&サイエンスの文脈で言えばこういうことだ。
派手な戦略や最新のテクノロジーを導入する前に、まずブランドのアイデンティティを磨き直す。次に、経営の基本——原価管理、在庫計画、顧客データの整備——を一つひとつ丁寧に整える。
それだけで、多くのアパレル企業は劇的に良くなる。
奇策に頼るのは、基本ができていないことへの焦りから来ることが多い。だが基本をおろそかにしたまま奇策を打っても、問題は解決しない。土台のない建物に、いくら飾りをつけても崩れる。
アパレルは成長できる産業だ。やるべきことをやれば、必ず伸びる。
その「やるべきこと」の核心が、アート&サイエンスの両立だと、私は信じている。
平山真也 / L-DX代表
著書『成功に奇策はいらない』(2019年刊)